2008年11月21日金曜日

記者の目:国ごとに違うEUの不法移民取り扱い=福原直樹

記者の目:国ごとに違うEUの不法移民取り扱い=福原直樹
 加盟国が04年以降、15から27に増えた欧州連合(EU)。その拡大EUの「国境」を歩き、国際面で連載した。そこで感じた大きな疑問は、EUの不法移民の取り扱い方だった。より良い生活を求め、EUという「黄金郷」に、世界から押し寄せる不法移民は年50万人以上。だが彼らへの対応は、ある国は多数を受け入れ、別な国はそうでないなど国ごとに大きく違う。

 EUは、共通通貨ユーロの導入や、共通の外交・安全保障政策の策定などで欧州統合を進めている。ならば不法移民の受け入れでも、早急に統一基準を作るべきだ。そうでないと、重大な人権侵害を招く恐れがあると思う。

 取材で真っ先に訪れたのは、哲学者ピタゴラスが生まれたギリシャ東端の島、サモスだった。約1キロ先の対岸にトルコ本土を望むこの島に、昨年以降、不法移民が押し寄せていたからだ。周辺の島を含め、07年でその数は約1万人。前年の倍以上に増えていた。

 移民が押し寄せる理由の一つは「全く国(海)境を監視しようとしない」(ギリシャ政府高官)というトルコ側の体制不備だった。これを狙い、不法移民らはいったんトルコに密入国し、漁船やゴムボートで、一人また一人とギリシャ側の島に上陸していたのだ。

 「親類のいるドイツに行き一緒に暮らしたい」「欧州の福祉国家スウェーデンで難民申請したい」

 故国の戦火や混乱を逃れ、イランやイラクから来た不法移民らは口々にそう話した。彼らの多くは、一緒に来た不法移民の「死」も目撃していた。難破などで、付近の海域で死亡した不法移民は、07年だけで100人以上という。

 たどり着いた不法移民の将来も決して明るくない。

 ある統計がある。

 スウェーデン56%▽英国34%▽独20%▽ギリシャ0.04%……。これは、難民申請を行った不法移民に対する、EU各国の受け入れ率(07年)だ。EUに到着した不法移民は通常、一時的にでも域内に滞在できるよう難民申請を行うが、EUはこれを、不法移民の到着国が審査する決まりだ。そして、各国の受け入れ基準の違いから、例えばスウェーデンに着いた不法移民は、ギリシャに着いた人に比べ、受け入れられる確率が1400倍も高いのだ。

 この事実をサモス島に漂着した不法移民に話すと、一様に驚いた。多くがEUにたどり着くのに必死で、EUの難民審査システムを知らなかったのだ。「不公平だ」「ギリシャに来るのではなかった」。不法移民らは、口々にそう答えた。

 取材では、この難民受け入れ基準の違いで生じた数々の悲劇も見た。

 「人権擁護の国フランスに行きたい」。部族紛争で約20万人が犠牲になったスーダン・ダルフール地方出身の20代の男性は06年、そう考えフランスを目指した。だが、不法移民をあっせんするマフィアが彼を乗せた飛行機は、なぜかチェコ行きだった。それが彼の不幸の始まりだった。

 チェコで難民認定を拒否された彼は、EU内の移動が自由なことを利用し、ひそかにフランスに入った。「自分を受け入れてくれる」と信じていた節があるが、フランスも難民認定を拒否した。彼の難民審査は第1到着国であるチェコが行う、というEUの決まりだからだ。強制送還を恐れ、移民センターで彼は両手首を切った。幸い命は助かったが、退院後、姿を消した。

 無論、EUにも難民認定の共通基準を作ろうという動きはある。EUの内閣にあたる欧州委員会は07年、「難民の受け入れ率が高い国に将来、不法移民が押し寄せる可能性がある」と指摘、共通基準のたたき台の作成に乗り出した。だが自国の主権にこだわる加盟各国の思惑もあり、実現にはほど遠いのが現実だ。

 その一方で、EUは最近400万~800万人と推定される域内の不法移民「追い出し」を強化している。帰還促進のために▽不退去者は最高18カ月の収監▽送還後5年間はEU域内への帰還禁止--などの方針を決めた。またEU「国境」監視強化のため「対外国境管理協力機関」を05年に設立したほか、衛星による不法移民監視システムの構築も提案するなど、「国境」に巨大な壁を築きつつあるようにも見える。

 EU側も不況などで、不法移民をすべて受け入れられないのはわかる。だがかつて、各国が好況時には移民を多数受け入れ、不況時には追い返すという「自分勝手」な政策をとってきたのも事実だ。今後グローバル化でEUを目指す不法移民が増えるのは間違いない。受け入れ基準の統一を急がないと、不法移民に対する差別や人権侵害が、今後増えるのは間違いない。(外信部)

http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20081121k0000m070168000c.html