2008年11月4日火曜日

中国政府が北京五輪前に封殺した

中国政府が北京五輪前に封殺した
メラミン汚染事件“大スクープ”
「国境なき記者団」が明かす衝撃の事実

中国国内において多数の死亡者を出した乳製品のメラミン汚染事件。実は、中国政府が公表する1か月半前に事件を報じようとした週刊誌があった。調査報道で知られる広州の「南方週末」である。スクープはいかにして握りつぶされたのか。中国の“報道の自由”の行方と合わせて、その内幕を、「国境なき記者団」の名物デスクが明かす。(聞き手/ジャーナリスト 矢部武)


国境なき記者団 アジア・太平洋担当デスク バンサン・ブロセル
 中国政府が乳児用の粉ミルク汚染問題を公表したのは今年9月11日だが、実はその1ヵ月半前にそれを報じようとした中国人ジャーナリストがいた。調査報道で知られる、中国最大の週刊紙「南方週末」(広東省広州)の記者だ。彼は7月末、三鹿集団と関連企業による汚染粉ミルク事件の記事を書いたが、編集長は掲載しなかった。それはなぜか。

 北京五輪が開催される前、中国政府は国内メディアに五輪期間中に言及すべきでない“21項目の報道規制”を配布。そのなかには中東問題やダルフール紛争、チベット解放、宗教の自由などの他、食品の安全性も含まれていた。つまり、「敏感な食品問題を報道すると中国の悪いイメージを与えかねないので控えるべき」とされたのだ。

 同紙の編集長は政府と問題を起こしたくないと考え、スクープ記事の掲載を見送ったのだろう。それと、巨大企業で影響力も大きい三鹿集団が、メディアに圧力をかけたことも考えられる。 

 五輪開催前の中国は、当局による締めつけがひどかった。2007年12月から8カ月間に、中国人の人権活動家、記者、インターネットのプロバイダー、ブロガーなど30人が逮捕・拘束された。政府を批判したり、チベット問題、政府の腐敗、環境汚染などに言及したというのが理由だ。

 多くは短期間で釈放されたが、人権活動家の胡佳氏のように3年半の懲役刑を言い渡された者もいる。我が団体、国境なき記者団(RSF)は、現在も投獄されている12人の釈放を中国政府に求めている。

 五輪期間中は、外国人記者への取材妨害も相次いだ。中国外国人記者クラブ(FCCC)によると、7月25日からの1ヵ月間に取材妨害や嫌がらせ、暴力などを受けた外国人記者は63人にのぼった。競技スポーツの報道は自由にできたが、それ以外の社会・政治問題などを取材しようとすると問題が起きたのだ。中国にいる外国人記者は、以前は取材旅行や中国人へのインタビューをする場合、政府の許可を得なければならなかった。たとえば、北京在住の記者が勝手に湖南や広州などへ行くことは許されず、非常に厄介だった。申請の手続きが面倒だったり、何日も待つことになったりするので、最初から諦めてしまうこともあった。

 中国政府は2007年7月、外国人記者への報道規則を変更し、許可なしで取材旅行やインタビューをできるようにした。この新規則があったにもかかわらず、五輪期間中は取材妨害が行なわれたのだ。

 2001年、国際オリンピック委員会が北京五輪の開催を承認した時、RSFは中国政府に「五輪開催国にふさわしい行動を取るべきだ」と主張し、報道・言論の自由の促進などを求めた。中国政府はその後、「五輪期間中は報道の自由を確保する」としたが、その約束は守られなかった。

 中国メディアの報道の質は良くなっているが、報道の自由度はまだまだ低い。RSFが発表している“世界の報道の自由度ランキング”(2007年)では、中国は167カ国のなかで162位である。

 とはいえ、長期的にみれば、北京五輪の開催は中国の報道の自由に大きな意味を持つだろう。外国人記者が増えたことで中国人記者もいろいろ良い影響を受けるだろうし、結果的に人々がより多くの大切な情報を得ることができる。また、中国政府も五輪を経験して、真の意味で世界の大国になるには国際ルールを守り、情報をもっとオープンにしなければならないと認識するだろう。

 中国では最近、政府に対する抗議デモ、暴動が増え続け、昨年は4万件を超えた。中国政府はいつまでも、報道の自由や民主化を求める人々の声を無視し続けることはできないだろう。(談)

バンセン・ブロセル
(Vincent Brossel)
フランスのトゥールーズ大学で政治学修士号を、ボルドー大学で同博士号を取得する。1996年から1999年までペルーの情報通信関係のNGOで、コミュニティメディアの開発を支援。その後、報道の自由の擁護を目的とした国際ジャーナリスト組織“国境なき記者団”(RSF、本部:フランス・パリ)に加わり、アジア・太平洋担当デスクとして、中国、アフガニスタン、ネパール、チベット、韓国、スリランカなどの調査、報告書作成に携わる。
 

http://diamond.jp/series/worldvoice/10027/?page=2