2008年8月9日土曜日

クローズアップ2008:北京五輪・開会式 威信かけ中華色全面

クローズアップ2008:北京五輪・開会式 威信かけ中華色全面
 

◇「100年の夢」最高潮 ナショナリズム、急速に台頭
 「中華民族100年の夢」とうたわれた北京五輪が8日、開幕した。開会式では、中国が誇る悠久の歴史や現在の発展ぶりが華やかに表現され、開催国の国威発揚の舞台は興奮に包まれた。しかしその一方で、一党独裁体制下で経済成長を続けてきた中国では、格差の拡大やナショナリズムの高揚、少数民族政策の行き詰まりも指摘される。五輪を機に、世界の視線がさらに厳しく集まるなか、中国は「真の大国」に脱皮できるかどうかを問われている。【北京・鈴木玲子、浦松丈二】

 「三 3」「二 2」「一 1」--。「鳥の巣」と呼ばれる開会式会場の国家体育場。カウントダウンで、漢数字とアラビア数字の人文字が浮かび上がった。一糸乱れぬマスゲーム。中国と西洋で生まれた文字を同時に並べる演出だ。

 開会式のショー部分は2部から成り、「燦爛(さんらん)とした文明」と「輝かしい時代」に分けられた。世界四大文明の一つとして悠久の歴史を誇示するとともに、「『改革・開放』後の現代中国の姿を示す」(張和平・北京五輪組織委員会開閉会式作業部長)構成だった。

 数千年にわたり世界に文化を発信し続けた「過去」と、高度経済成長を背景に世界と一体化する「現在」。共に「開かれた中国」を演出する共通の狙いがある。紙、活字、羅針盤、火薬と、中国が生んだ世界的発明を映像も駆使して披露。2種類の数字の人文字も、中国と世界を結ぶメッセージが込められた。

 中国の五輪誘致は、1908年、天津のキリスト教青年会(YMCA)の年度報告に記された「中国はいつ五輪を開催できるようになるのか」との提起がきっかけとされる。それからちょうど1世紀。「100年の夢」がかなった夜、生命のゆりかごを象徴する「鳥の巣」から打ち上げられた花火は一瞬、不死鳥「鳳凰(ほうおう)」の姿になった。自らを世界の中央に位置付ける「中華」色の濃い演出だった。

 チベット暴動とその対応を批判したサルコジ仏大統領をはじめ、日米など主要国の首脳が貴賓席にずらりと顔をそろえた開会式。それは、中国の体制に不信感を抱きながらも、中国の存在を無視できない現状を物語る。

 一方で中国国内では経済成長の自信を背景に、ナショナリズムが急速に台頭。五輪開催の経験は、ナショナリズムに伴う排他性を加速させる恐れもある。

 胡錦濤国家主席は開会式に先立ち8日午後、80カ国以上の首脳を北京・人民大会堂に招いた歓迎レセプションで「北京五輪は中国だけでなく、世界にとってもチャンスだ」と強調した。しかし世界とどう協調していくのかは、まさに中国自身が抱える課題でもある。

 北京五輪招致に尽力した何振梁・国際オリンピック委員会(IOC)元副会長は語る。「中国は国力をつける中で『五輪100年の夢』を実現させた。ただ、五輪開催が中国に何をもたらすか。その姿は時間がたたないと見えてこないだろう」

 ◇「バブル」で格差広がる
 中国は共産党一党独裁の下、民主化をためらいつつ、資本主義の体現ともいえる「商業五輪」を史上最大規模で実現した。その矛盾こそ、中国が抱え続ける問題でもある。

 北京五輪のスポンサーには、海外の巨大企業がこぞって名乗りを上げた。人口13億の巨大市場で販路拡大を狙ってのことだ。公式スポンサー12社からの収入は8億6600万ドルで五輪史上最高となった。しかし一方で経済至上主義が中国国民の間に浸透し、「五輪バブル」は国内の格差を広げた。

 胡主席は1日、海外メディアとの会見で「五輪の政治化は、オリンピック精神と世界の人々の願いに背く」と指摘した。しかし、中国にとって五輪開催への道のりは、国際政治そのものだった。

 民主化を求める学生らを武力弾圧した天安門事件(89年)で国際的に孤立する中、五輪招致の話を具体化。進展しない民主化や少数民族政策などへの批判が要因で招致に失敗してもあきらめず、01年に再度の立候補で五輪招致を勝ち取った。

 スーダン・ダルフール紛争への「中国の対応」に抗議して、米国の映画監督、スピルバーグ氏が今年2月に開会式芸術顧問を辞退。開会式の演出は、中国の映画監督、張芸謀(チャンイーモウ)氏が担った。「初恋のきた道」「単騎、千里を走る。」などの作品で世界的にも著名な張氏は、中国の全56民族の民族衣装姿での行進を演出。「中華民族」は人口の92%を占める漢族だけでなく、チベットやウイグルなど少数民族も一員と示す狙いだった。

 チベット暴動や、直前の新疆ウイグル自治区での警官16人殺害事件など、少数民族政策がほころびを見せる中で迎えた北京五輪。民主的権利への締め付けが続く一方、四川大地震の救援・復興で盛り上がった愛国心は五輪でさらに高揚する。矛盾も深まる中、建国59年の中国は五輪を機に次のステップへ入る。

毎日新聞 2008年8月9日 東京朝刊

http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20080809ddm003030098000c.html