2008年8月18日月曜日

【コラム】韓国はアフリカより「奥地」だ

【コラム】韓国はアフリカより「奥地」だ

 エジプトのカイロで中東・アフリカ特派員として勤務し、最近帰国した。帰任に際しあいさつ回りをしたが、「インド勤務に続き、奥地にばかり行かされた」という言葉をしばしば耳にした。「条件がよくない場所で頑張った」というねぎらいの気持ちが込められている。しかし、これはやや釈然としない話でもある。巨大新興市場のインドや、アフリカ・中東市場の前進基地といわれるエジプトを称して「奥地」と呼ぶとは、話にならない。


 記者が1年間駆け回った中東およびアフリカのうち、とりわけアフリカは赴任前まで抱いていた先入観とはイメージが大きく異なっていた。スーダン、エチオピア、ケニア、ジンバブエ、南アフリカ共和国といった国々は、地図を開いてみるとアフリカ大陸の東部に位置する。想像もできない暑さ、劣悪な自然環境、教育を受けられない粗暴な原住民でいっぱいの「のろわれた地」と思っていたが、現地に行ってみると全く違っていた。ことに自然環境は良好だった。


 昨年12月の大統領選挙以降頻発している騒乱を取材するために向かったケニア。首都ナイロビは赤道直下の南緯1度の位置にある。しかし暑くも寒くもなく、気候は年中温和だ。夏の平均気温は30度未満で、冬でも10度以下に下がることはない。海抜1600メートルという高原地帯にあるためだ。


 今年3月、「ハイパーインフレ」と大統領選挙の取材のために向かったジンバブエ。ここの自然環境もまた、驚くべきものだった。気候は温和で、白い雲が流れる青い空を見ていると、その美しさに自然と感嘆の言葉が漏れた。あまりに暮らしやすかったため、白人はここを1980年まで手放そうとしなかったのだろうか。首都ハラレで会った現地人は、「イギリスの老人が選ぶ最高の隠居地の一つに、ここが入選した」と語った。ジンバブエのほぼ真北にある国、マラウイには行ったことがない。しかし、ダルフールの難民キャンプ取材のためスーダンの首都ハルツームに行ったときに会った外交官は、「韓国より気候が良く、引退したらあそこで暮らすことを考えている」と語った。エジプトで暮らした経験を持つある韓国人は、「エジプトが最高」と話す。


 これらの地域では、中国人をよく見掛ける。アフリカ大陸53カ国それぞれに数万人が集まり、「人海戦術」スタイルでビジネスを展開している。中国人たちは、ハルツームでは石油を掘るのに忙しく、ナイロビでは国策銀行まで進出して中国人のビジネスを支援していた。ハラレでは鉱物を掘り、さらにはコメの栽培や養豚など農業ビジネスまで繰り広げている。


 日本の場合、エジプトだけを見ても、この地域にいかに力を注ぎ込んでいるか、驚くばかりだ。日本は昨年、エジプトの世界的な観光地・ルクソールにしゃれた観光案内所を設け、カイロのピラミッド近くには間もなく新しい国立博物館を着工する予定だ。ナイルの川辺で古代の遺物を発掘するため、日本のエジプト学の専門家がエジプトの砂漠を行き来するようになってから、既に何十年もたっている。彼らは古代エジプトの採石場の情報まで体系化し、ウェブサイトに載せている。情報を収集する記者の数も多く、大手日刊紙はもちろんのこと、北海道新聞など地方紙までもがカイロに特派員を送り、その数は20人を超えている。


 外の世界から見れば、アジアの東の端にあって国際社会であまり話題にもならない韓国の方が「奥地」だ。インドやエジプトではない。けれども、「井戸の中」に生きる韓国人はそのことをよく分かっていない。韓国人の世界観は、米国と中国、日本の範囲にとどまっている。ここからぱっと目覚めて外に出なければ、新たな道を切り開くことはできない。


崔埈碩(チェ・ジュンソク)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版


http://www.chosunonline.com/article/20080817000019