2008年8月18日月曜日

スーダンのバシル大統領訴追への動きにアラブ系指導者が反発(全訳記事)

スーダンのバシル大統領訴追への動きにアラブ系指導者が反発(全訳記事)
IPSJapan2008/08/18

国際刑事裁判所は先月、ダルフール地方で犯した複数の戦争犯罪の罪で、スーダンのオマール・アル・バシル大統領を起訴すると勧告した。だが、この問題をめぐり(バシル大統領と同じ)アラブ系アフリカ人の指導者からは非難が噴出している。(全訳記事)






【カイロIPS=アダム・モロー、カーリド・ムッサ・アル・オムラニ、8月6日】

 国際刑事裁判所(ICC)は先月、ダルフール地方で犯した複数の戦争犯罪の罪で、スーダンのオマール・アル・バシル大統領を起訴すると勧告した。しかし、その後この問題をめぐり(バシル大統領と同じ)アラブ系アフリカ人の指導者からは多くの非難が噴出。これに関して、地元関係者らは政治的な動機が伺えるとの見方を示している。

 カイロ大学、アフリカ研究所の政治科学学部のAyman Shebana教授はIPSの取材に応じ「一部の欧米諸国は政治目的のために、ダルフール問題を『国際化』しようとしている」と訴えた。

 ICCのルイス・モレノオカンポ主任検察官は先月14日、戦争犯罪・ジェノサイド・人道に対する罪の容疑でバシル大統領に対し、予審法廷が逮捕状を発行するよう要請した。モレノオカンポ検察官によると、ダルフール地方では2003年からバシル大統領が政府軍や民兵組織を動員し、様々な残虐行為を繰り返してきたという。

 専門家は、ダルフール地方では5年前、非アラブ系の反政府勢力が中央政府に対し武装蜂起して以降、20万人から30万人もの人々が死亡したと推定。さらに、この紛争でおよそ250万人が難民になったとしている。

 一方、スーダン政府はバシル大統領の引渡しを拒否。同政府側は「犠牲者は政府軍・反政府軍合わせても1万人程度であった」と主張し、ICCの申し立ては『虚偽の事実で法的拘束力もない』と反発を強めている。

 アラブ系アフリカ人の指導者らは早速、大統領の逮捕状請求に反対する署名活動を展開した。アラブ連盟やAU(アフリカ連合)もICCに対して12ヶ月間の訴追の延期を要請した。

 エジプト政府も(近隣諸国として手に負えない存在であったスーダンを1989年以来統治し続けた)バシル大統領を支持する姿勢を明らかにしている。

 エジプトのアフマッド・アブルゲイト外相は先月23日、バシル大統領の訴追は『無責任で危険な』行為であると述べ、「ICCによるバシル大統領の告発は、ダルフール問題をめぐる裁判に悪影響を及ぼすだろう」と警告した。

 数日後、エジプトのホスニ・ムバラク大統領はエジプトがスーダン政府を支持することを改めて表明した。

 29日南アフリカ共和国で行われたタボ・ムベキ大統領との合同記者会見で、ムバラク大統領は「どのようなアフリカ人指導者であれ、裁判所に身柄を引き渡すことなど絶対にできない。訴追延期を求める努力は続けられており、最悪の事態は避けられそうだ」と語った。

 Shebana教授によると、エジプトと国境を接するスーダンの国内情勢は、エジプトの治安部隊にとって極めて重要な意味を持つという。

 Shebana教授は「スーダンの治安状況は、エジプト国内の治安に多大な影響を及ぼしている。エジプトはスーダン南部やダルフール地方での平和維持に重要な役割を果たしている」と述べ、同地域で展開する国連・AU合同平和維持部隊のうち約20%がエジプト人部隊であることを指摘した。

 オランダのハーグに本拠を置く国際刑事裁判所は、1998年のローマ規定(Rome Statute)に基づき2002年に設立された。ジェノサイド・人道に対する罪・戦争犯罪を犯した指導者に対して捜査を行う権限を持ち、国際的に裁くことができる機関である。

 カイロ大学、国際法のAymen Abdelaziz Salaama教授はIPSの取材で「ICCは(政府・政党・政権ではなく)国家指導者や政府高官などを裁く権限がある」と発言した。

 「スーダンはICCの設立条約に加盟する106カ国には入っていない。エジプトと同様、スーダンはローマ規定に署名はしているが、現在までのところ議会がこれを批准していない」と説明した。従って、スーダンは非加盟国として、「領土内で発生したと考えられる犯罪行為に関してICCに司法権はない」とICCへの対決姿勢を鮮明にしている。

 しかし、Salaama教授はこの主張は法的基盤に基づいていないと指摘。「ICCの加盟・非加盟に関わらず、安保理が国際平和や治安に脅威を及ぼすと判断し、ICCが犯罪の捜査をするよう要請すれば、ICCの司法権は全ての国にまで及ぶことができる」と語った。

 実際にこのような出来事は起こっている。2005年、国連安保理は「安保理決議1593」に従いICCに2003年以降ダルフールで行われた人道犯罪について捜査を実施するよう求めた。

 「ICCの締約国ではないという理由で司法権は及ばないと主張するスーダン政府の言い分は合法的ではない」とSalaama教授は述べた。

 しかし、Shebana教授はICCの動機に疑問を投げかけた。「ダルフール紛争の問題は、同地域の豊かな天然資源を狙う一部の国によって(ICCの力を借り)上手く利用されているのではないだろうか?」。

 「歴史的に見て、この地域の紛争の根底にあるのは『部族の違い』ではなく、『開発の遅れ』である。ウランや石油といった資源がダルフール地方には豊富に眠っている。これに気づいた欧米諸国がダルフール紛争を国際問題にまで発展させたのだ」。

 また、Shebana教授は、ダルフール地方には反政府活動を扇動する米国・フランス・イスラエルの存在があると指摘。今年初め、反政府勢力『Sudan Liberation Party』はイスラエルのテルアビブに事務所を開設した。

 「海外の反政府組織がスーダン国内の反乱軍を支援し、その活動を煽ることがなかったら、5年前にダルフール問題は解決していただろう」。

 「ダルフール地方で人道犯罪に手を染めたのはスーダン政府だけではない。政府軍・反乱軍ともに戦争犯罪を犯したのだ」。

 さらに、Shebana教授はダルフール問題が現地で活動するNGOやメディアによって過度に誇張されていると話した。

 「中には、国際社会からの資金を多く得るため犠牲者や難民の数を水増ししているような人道支援団体もあるという。これは、ダルフール問題を国際化させることでスーダン分割を目論む一部の欧米諸国にとっては『願ったりかなったり』の結果である」。

 一方、Salaama教授は逮捕状が出された場合に起こりうる2つの可能性について推測した。

 「まず、スーダン政府が(申し立てに従い)バシル大統領を裁判所に引き渡すということ。しかし、仮にスーダン側がこれを拒絶した場合、ICCは(国連憲章7章により)スーダンに対し段階的な制裁を課すための国連安保理決議を要求することができる」。

 「これに伴い外交関係の断絶が生じ、最終的には海上封鎖にまで拡大する恐れも出てくるだろう。そして、最悪の場合、軍事力を行使し強制的にICCの要求に従わせることになるかもしれない」。

 しかし、ダルフール紛争をめぐる緊張状態は幾分緩和しつつあるようだ。8月2日、国連安保理は同地域に展開する国連・アフリカ連合(AU)合同部隊の任務を1年延長する決議案を採択した。また、この決議ではバシル大統領の12ヶ月の追訴延期に関する審議も求められた。

 「国連安保理の決議はスーダンにとって良い前兆だ。スーダンへの不当な非難を回避するため、アラブ・アフリカ系部族は今後も努力を続ける必要がある」とShebana教授は語った。

 一方のSalaama教授は慎重な意見を述べた。「たとえ訴追延期が実現しても、安保理が裁判から手を引いたわけではない」。(原文へ)

翻訳=松本宏美(Diplomatt)/IPS Japan武原真一

http://www.news.janjan.jp/world/0808/0808174792/1.php