2008年4月4日金曜日

オリンピックは中国をどう変えるのか

オリンピックは中国をどう変えるのか
Olympic Pressure on China

CFRブリーフィング
フォーリン・アフェアーズ日本語版2007年7月号


 
2008年夏のオリンピック開催国に選ばれて以来、中国政府は、経済社会開発、環境保護、統治に関する一連のコミットメントを盛り込んだ行動計画を発表しただけでなく、外国人ジャーナリストへの取材規制を緩和し、環境浄化に取り組み、社会エチケットの改善キャンペーンを展開するなど、国を挙げて中国のイメージ向上に取り組んでいる。だが、それがうわべだけの取り繕いにすぎないとみなす専門家も多い。事実、中国の人権問題その他を理由に中国主催のオリンピックをボイコットすることを求める者もいれば、ダルフール危機を引き起こしているスーダン政府と中国との関係を問題視して、2008年のオリンピックを「ジェノサイド(大量虐殺)・オリンピック」と呼ぶ活動家もいる。ファルンゴン(法輪功)のメンバーや少数民族へのインタビューは依然として禁止されているし、中国政府は、共産党の政治的、社会的コントロールを維持するという優先課題に抵触するような本質的な改革を認めるつもりはないとみる専門家は多い。

 

 

オリンピックに向けたマナー向上キャンペーン

 2008年夏のオリンピックの開催国に選ばれた後、中国政府は経済社会開発、環境保護、統治に関する一連のコミットメントを盛り込んだ行動計画を発表し、中国のすべてを世界に開放することをオリンピック戦略とすることを約束している。

 だが、「そうした中国側のコミットメントはいかにもあいまいで、内外でそうしたコミットメントが何を意味するかをめぐって解釈の違いが生まれている」とカーネギー国際平和財団の中国研究部長ミンシン・ペイは言う。中国共産党に批判的な活動家や評論家は、例えば、開発、人権(と統治)をめぐる状況が改善していることを示す具体的な証拠を求めるかもしれない。実際、オリンピックに関連して中国政府がすでにとっている措置は、「北京をすばらしい町、住環境の良い町として売り込もうとする表面的なものにとどまっている」とペイは言う。

 例えば、北京は「オリンピックを歓迎しよう。マナーを向上させ、新しい態度を身につけよう」というスローガンの下で社会キャンペーンを展開している。

 このキャンペーンは、北京市民に社会エチケットの訓練することも含まれている。公衆の面前でつばを吐くこと、げっぷを出すこと、音を立ててスープを飲むことをやめるように通達が出され、人々が整然と列をつくって順番を待つように、月に一度の「整列推進日」も導入されている。都市再建計画ではもっと極端なことが行われている。米に拠点を置く人権監視団体、ヒューマン・ライツ・ウオッチによれば、オリンピック関連の景観浄化プロジェクトの一環として、ほぼ30万人の北京市民が立ち退きを強いられている。

 北京はイメージ改善キャンペーンを展開する一方で、抑圧策を強化しているとヒューマン・ライツ・ウオッチは指摘している。米議会の中国に関する委員会も、1980年代初頭以降、絶対貧困レベル以下の生活から4億人を救い出した中国の経済成長の成果を肯定的に評価しつつも、「中国政府は国内の社会紛争を力で押さえ込み、共産党の権限を強化しており、その結果、中国の人権状況は悪化している」と指摘している。2007年4月に発表されたアムネスティ・インターナショナルの報告も、再審査制度の導入など、死刑制度が改革され、外国人ジャーナリストの報道規制が緩和されたとはいえ、一方で市民への抑圧が強化されていると警告している。

 実際、2008年夏のオリンピックゲームに備えて、中国が今後抑圧政策を見直していくかどうか、はっきりしない。2007年4月の記者会見で、国際オリンピック委員会(IOC)のハイン・フェルブルッゲンは「中国に人権問題の現状を説明するように求めるか」という問いに対して、「開催国の行動について、われわれは指示を出すような立場にはない」と答えている。

「ジェノサイド・オリンピック」?

 現在北京はダルフール危機をめぐる責任を問われ、批判されている。ダルフール危機によって、すでに20万人が犠牲になり、250万の人々が家を追われている。中国は、スーダンが輸出する石油の3分の2を購入し、兵器や軍用機をスーダン政府に提供している。2007年2月にスーダンを訪問した胡錦涛国家主席はダルフール危機への懸念を表明し、4月には、スーダン政府に国連とアフリカ連合(AU)の共同平和維持軍を受け入れるように求めたが、一方で北京は、スーダンへの軍事支援を強化すると発表している。

 こうした中国政府のスーダンへの投資を前に、国連児童基金(ユニセフ)のスポークス・パーソンを務めたこともある女優のミア・ファローは、中国が主催するオリンピックを「ジェノサイド・オリンピック」と呼ぶキャンペーンを展開している。彼女は、こうしたキャンペーンを通じて、オリンピックゲームの国際スポンサー企業や、オリンピックの広報・演出の手助けをしている映画監督のスティーブン・スピルバーグが、中国に力を貸すのをやめることを願っている。

 だが、外部世界のこうした批判に効き目があるかどうかを疑問に感じている専門家も多い。北京はスーダンへの支援策を幾分手控えるかもしれないが、「あまりに激しく批判すれば、何も達成できない」とペイは言う。彼は外国からの批判の高まりは、中国政府、中国市民を団結させるだけだと予測する。

 しかし、米外交問題評議会(CFR)のアフリカ研究者であるプリンストン・ライマンは、「中国は、自国のスーダン政府への路線にアメリカの世論がどう反応しているかを細かにモニターしている」と指摘し、「オリンピックが近づいてくれば、北京はスーダン問題をめぐって、国際社会との協調路線をアピールするようになるだろう」とコメントしている。

取材規制の緩和

 中国共産党はメディアによる取材と報道をこれまで厳格に管理してきた。しかし、2007年1月以降、北京は外国人ジャーナリストの取材規制を緩和し、それまでとは違って、許可を取らなくても、中国全土を調査し、報道することを許可するようになった。香港、台湾、マカオからのジャーナリストを含む「外国人ジャーナリスト」の取材規制の緩和は、オリンピックゲームが終了するまで続けられる予定だ。河南省の村落でHIV・エイズの感染実態を調査していたエコノミスト誌のリポーターは、身をもって取材規制が緩和されたことを体験している。省の当局者は、当初取材を規制しようとしたが、北京に問い合わせた後は、取材に協力するようになったと彼は述べている。

 だが、ニューヨークに本部を置く国際人権団体「中国人権」のディレクター、シャロン・ホムは、「国内移民や民族的少数派が置かれている状況、地方の実態などの微妙な問題について、政府がジャーナリストにどの程度の取材アクセスを認めるのか、はっきりしない」と言う。彼女によれば、法輪功のメンバーや少数派へのインタビューは依然として禁止されているし、チベットなどの自治区に入るには「ビザ」を取得することが義務づけられている。天安門での取材も制限されている。

 こうした報道の自由をめぐる改革路線は、オリンピック終了後も継続されるのだろうか。中国のメディアを研究テーマとするミドルバレー大学のアシュレー・W・イーサレーは、外国人ジャーナリストの取材規制の緩和は、メディア規制を弱めても大丈夫かどうかを測る中国政府の実験だと指摘している。

「取材規制の緩和が共産党の権力の維持に不利に作用するようなら、緩和措置は取り消されるだろうし、特に、中国人ジャーナリストがより大きな報道の自由を求めだせば、政府は再度、規制に乗り出すはずだ」とイーサレーは言う。

 2001年に北京が開催都市に選ばれて以降も、国内のジャーナリストにはそれまでどおりの取材規制が行われているし、米国務省が2006年に発表した各国の人権問題リポートも、インターネット検閲を含む、中国政府による厳格なメディア規制を問題として取り上げ、当局が2006年前半だけでも700のオンライン・フォーラムを閉鎖していると報告している。

 2006年12月の時点で31人の中国人ジャーナリストが投獄されており、ジャーナリスト保護委員会によると、世界的にみても、これを上回る数の報道関係者が投獄されている国は中国をおいて他にない。

「外国人ジャーナリストにとって最悪の事態は国外退去処分とされることだが、中国人ジャーナリストの場合、刑務所に放り込まれてしまう」とラジオ・フリー・アジアのダン・サザーランドは言う。彼は、オリンピック開催をきっかけに、実態のある報道規制緩和策がとられるとは考えにくいとしつつも、中国人のブロガーがメディア規制を取り上げて、改革を促すことに期待をかけている。

グリーン・オリンピック

 オリンピック開催を控えるなか、2007年には中国がアメリカを抜いて、世界最大の温室効果ガス排出国になると独立系のリポートが予測したこともあって、中国の環境問題への関心も高まっている。中国で現在の経済開発戦略が今後も維持されていくとすれば、「あと25年もすれば、中国は、すべての先進工業諸国の排出量合計を上回る温室効果ガスを排出していることになる」とCFRのエリザベス・エコノミーは指摘している。

 このように中国の環境政策が疑問視されていることもあって、北京は、水質や大気汚染の改善などを含めた「グリーン・オリンピック」という構想を表明している。

 たしかに、この点では中国政府はかなりの努力をみせており、北京の大気汚染状況は、この6年にわたって一貫して改善している。大気汚染を緩和しようと、中国政府は、北京周辺の工場を閉鎖したり、化学工場や製鉄プラントを他の地域に移動させたりするとともに、水の供給を改善するために、16億ドルの資金を投入する予定だ。

 だが、スモッグだらけの北京の空を青空に変えるには、市全体の環境問題を解決するような抜本的措置をとる必要がある。その一つが、300万台を超えると言われる北京市街を走る車の数を、オリンピック開催中制限することだ。2006年に、北京は3日間にわたって市内を走る車を80万台少なくする実験を行っている。その結果、窒素酸化物による大気汚染が40%減少している。北京の気象調節局の技術者は、人工的に雨を降らせて大気を清浄化するクラウド・シーディングも試みる予定だ。

オリンピックと政治
 
 20カ国以上を通過するオリンピックの聖火リレーのコースを北京が発表すると、そのルートをめぐって台湾とチベットから火の手が上がった。(台湾が中国の一部とみなされることを回避しようと、聖火が中国以外の国から台湾に入り、中国以外の国へ出るルートを求めていた)台北は、中国が発表した台湾から香港へとつながる聖火ルートは、台湾を中国の一部とみせようとする試みだとして、聖火の通過を拒否している。一方、北京のオリンピック委員会は、台湾はかねて聖火ルートの経由地として予定されていたと反論している。

 聖火リレーがチベットを経由することも騒ぎを引き起こしている。アメリカのチベット支援組織「スチューデント・フォア・フリーチベット」のアメリカ人活動家が、聖火がエベレストを経由することに抗議して当局に逮捕されたからだ。抗議行動を行った4人はエベレスト山の登山キャンプで、ほぼ60年に及ぶ中国によるチベット占領に抗議しようと、北京のオリンピックスローガンをもじって、「一つの世界、一つの夢。2008年チベットに自由を」という横断幕を掲げ、その結果、当局に逮捕された。

 オリンピックを控えた国際的な圧力を前に、中国が環境政策を根本から見直し、報道の自由を拡大するとともに、ダルフール危機やチベット問題に対する外国からの批判に対処していくかどうかはわからない。

「中国人権」のホムは、教育制度、医療保険制度を改革し、社会保障支出を増額している点では共産党政府の政策は評価できるとし、そうした変化は、オリンピックに関連する圧力への対応であると同時に、国内の不満、国際的な監視機関の指摘への対応でもあると言う。だが、いかなるオリンピックに向けた改革も、それが政治的、社会的コントロールを維持していくという北京の優先課題に抵触するようなら、いずれは制限されていくことになるとホムは語った。●


http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/200707/china_olympics.htm