2008年3月31日月曜日

ドイツマスコミスキャン~チベット暴動と北京オリンピック

ドイツマスコミスキャン~チベット暴動と北京オリンピック

竹森健夫2008/03/24

デモを武力で抑え、対話の申し出には耳をかさない。5か月後に五輪開催を控えた国の態度ではない――。ドイツのマスコミでもチベット暴動とボイコットの可能性に関する論評がたくさん出た。「中国は対話を拒絶することで最終的にテロを促進している」という非難も出ている。



目 次
 (P.1)
 ・対話拒否の中国は「テロを促進している」
 (P.2)
 ・それでも経済界は臆面もなく商売を続けるだろう
 
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◆「中国はテロを促進している」

 デモを武力で抑え、外国人ジャーナリストを締め出し、ネット回線を遮断する。ダライ・ラマからの対話の申し出には耳をかさず、暴動の原因は「ダライ・ラマの一味」にあると逆に非難する。とてもオリンピック開催を5か月後に控えた国がとるべき態度とは思われない――。

 というわけで、ドイツのマスコミでもチベット暴動とオリンピックの是非(ボイコットの可能性)に関する論評がたくさん出た。今回と次回でそれを紹介したいと思う(ただし、ほんとにたくさんあったので、ほんの一部だけ)。

 が、その前にオリンピックのボイコットについてちょっと。

 40代以上の方ならまだよく覚えていると思われるが、最近あったボイコットでわりと規模の大きなものは、1980年のモスクワ五輪とその4年後のロス五輪のそれである(小規模なものならほかにもある)。

 モスクワ五輪の方はソ連のアフガン侵攻に対する抗議から西側の30か国が参加をとりやめた。ロス五輪ではその報復措置として東側陣営が一部を除き出場しなかった。

 日本はアメリカにならってモスクワ五輪をボイコットしている。ロス五輪はもちろん出場した。これに対しドイツは、ちょっとへんな言い方になるが、どちらのオリンピックにも参加し、かつまた同時にボイコットもしている。

 どうしてそんなことになるのかというと、当時のドイツはまだ西ドイツと東ドイツに分かれていたからである。モスクワは西ドイツが参加を見送る一方で、東ドイツは参加。ロサンゼルスは東ドイツがソ連にならってボイコットしたが、西ドイツは出場した。

 その後両国が統一されたため、過去において参加とボイコットを同時に行なった国となってしまったわけである。こういう国はたぶん他にはないと思う。ちょっと思いついたので書いてみた。

 さて、マスコミの論評である。まずは『ヴェルト』紙。論評のタイトルは『中国はテロを促進している』。

 この論評は「チベットの解放運動は、パレスチナや北アイルランドと違って非暴力的であり、中国に占領されてから、ダライ・ラマが申し出た対話や妥協は数え切れないくらいだ」としたうえで、次のように総括する。

 「しかし、こうしたやり方は、チベットに何ももたらさなかった。むしろ逆にチベット人を少数民族へと追い込む中国の政策を促進させてしまう結果となった」

 そもそも聞く耳を持たない国に対しては、いくら対話を呼び掛けてみても、その努力は無駄に終わる可能性が高い。一方、パレスチナや北アイルランドはハイジャックやテロといった暴力的手法を用いることで、まがりなりにも相手を交渉のテーブルにつかせることに成功した。そして

 「ここからチベット独立運動が導き出すであろう教訓は明らかである。すなわち――テロで国際社会の注目を浴びれば、政治交渉の相手として受け入れられる。中国はチベットに不当な行為をしているだけではない。中国は対話を拒絶することで最終的にテロを促進しているのである」

 と論じ、ダライ・ラマとの対話を拒絶し続けていると、そのうちチベット解放運動がパレスチナ・北アイルランド方式にシフトしてくるのではないかと危惧している。

◆各国首脳の「北京ボイコット」が続出
 フランスのサルコジ大統領は27日、イギリスのブラウン首相との会談後に「オリンピックの開会式に参加するかどうかはまだ決めていない」と述べ、開会式ボイコットの可能性を示唆した。

 ポーランドのトゥスク首相は「出席しないかも」ではなく、「出席しない」とはっきり述べている。エストニアのイルベス大統領、チェコのクラウス大統領も開会式を欠席する意向だ。

 ドイツはどうするのかなと思っていたら、28日に「開会式に政府のトップが出ることはない」との発表があった。

 シュタインマイヤー外相がスロヴェニアで行われるEU外相会議の前に述べたもので、それによると「メルケル首相、ショイブレ内相兼スポーツ担当相、それに私も行く予定はない」。ケーラー大統領も欠席する見通しという(パラリンピックのほうは出る)。

 もっとも、ドイツの場合、今回に限らず首相はオリンピックに行かないのが通例になっている。前任者のシュレーダー首相も、その前のコール首相もオリンピック会場には顔を出していない。

 だから、メルケル首相はもともと北京には行かないことになっていて、チベット問題で予定を急に変更したというわけではない――シュタインマイヤー外相いわく「これはボイコットではない」――のだけれども、それでもわざわざ「出席しない」と発表したというのは、それだけ国際社会の世論を意識しているということなのであろう。

 さて、今回も各紙の論評を紹介していこう。

 まずは『フランクフルター・アルゲマイネ』紙。この保守派の高級紙は、

 「これで調和的中国というイメージはどこかへいってしまった。チベットではだれもが中国の開発政策を支持しているわけではないこと、中国の支配は強制されたものだということを、オリンピックの5か月前になって、世界は思い出したのである」としたうえで、
 「ダルフール問題でも中国のオリンピックに疑問の目を向ける人たちはいた。虐殺を行なっているスーダン政府と中国との親密さは非常に評判が悪い。ダルフールの活動家たちは中国を強く非難している。スピルバーグ監督も北京オリンピックの顧問を降りた。『虐殺五輪』という言葉さえ出てきた」

と述べ、開催国としての中国の姿勢に疑問を投げかけている。

 そして、そもそも「チベット問題なるものは存在せず、あるのはただダライラマ問題だけ」だという中国政府の態度から推して考えると、

 「国際社会が求めている対話や政策転換を今の中国が行う可能性はほとんどないだろう。中国にとっては、覇権の問題である限り、オリンピックといえども副次的なものにすぎないのである」と先行きに対してかなり悲観的だ。

 左派系の『フランクフルター・ルントシャウ』紙は社説で

 「世界規模の大会でたかだかいくつかの国がボイコットしたとしても、中国政府はチベット政策を変えたりはしないだろう。そもそもボイコットにそれほど高いシンボル価値があるのか」

 「選手にのみ犠牲を強い、それ以外――政府、企業、アーティスト、観光客――は何もなしというのでは不公平だ」とボイコット反対の主張を展開している。そのうえで

 「中国はイメージ向上のためにオリンピックを利用しようとしているというが、それはほかの国だってそうだろう。昔から、大規模な催しはスポーツを超えた目的を追及するようになっている。サッカーW杯もそう。ソウルは1988年の五輪開催権を獲得したが、そのときの韓国は軍事独裁政権だった(開催時には民主化に移行する過渡期だったが)。南アフリカは2010年のサッカーW杯で疑いの目を向ける人々に偉大な未来を保証しなければならなかった」と述べ、中国だけが特別ではないという点を指摘し、

 「今年の8月には2万人のメディア関係者が北京へ行く。チベットに関しても多く報道されるだろう。もちろん、メディアの注目というものを過大評価すべきではない。しかし少なくともジャーナリストたちは中国でひとつのイメージをつくり、それを自国へ伝えることはできるだろう。1936年のドイツではそうならなかった。そのときは外国の新聞に載せる写真はすべて検閲を受けたからである」とやや楽観的なスタンス。


◆IOCが重視するのは「スポーツという商品」か
 『ツァイト』紙は

 「政治的な関与をしないという理由で、IOCがいかなるボイコットをも拒否したのは間違っている。外交手段で中国に適切な圧力をかけることは可能なのである。いまこのときほど中国が軟化しているときはまずないのだから」

と評し、IOCが「スポーツに政治を持ち込まない」という防護壁を自分のまわりに築くことを批判している。その防護壁があまりに高く、「中国政府もすっぽりその中に入ってしまう」からだ。

 さらに「IOCのメンバーは国賓のように暮らしている。国家規模の予算を管理し、一国の指導者のような決断を行なっている」と述べたうえで、同紙は

 「それだからこそ、判断の結果についても賢明に対処しなければならない」

と訴え、「政治から独立している」ということと「ノンポリである」ということは違うのだと結んでいる。

 それから『南ドイツ新聞』。同紙の論評は「スポーツの力は多くの善をなしうるが、やり方を間違えると危険なものにもなる」として、「オリンピックにおけるマーケットとモラルの綱引き」の危険性を指摘する。

 「IOCはこの世界規模のパーティーの主催者であり、(このパーティは)とりわけスポンサーや関連企業にとってうまみのある催しである。そこで重視されるのはメッセージではなく、マーケットであり、スポーツという商品なのだ」

 「この商品から利益を得るという自由こそが好ましく、政治的な自由は二の次となる。スポーツと中国は、その目的意識においてかなり似ているのである」

 またIOCが「競技期間中は報道の自由は保障される」と述べていることについても「その『報道の自由』自体が実際には中国の規制の象徴なのだ」と批判し、

 「IOC上層部は中国共産党の道具となってしまっているのである。IOCは条件さえよければ、なんでも認めるのだろうかと思わざるを得ない」と憤慨。最後に

 「ことは北京にとどまらない。2014年のオリンピックはソチが確実に手にしている。中国に次いで爆発的に経済成長を遂げているロシアである。ロシアも中国と同じく、いくつもの問題を内包している」と今後も同じ問題が出てくるだろうと示唆している。

 おしまいは『モルゲンポスト』紙。この新聞は掲載写真のキャプションをめぐって『China Daily』紙から捏造だと名指しで噛みつかれたくらいなので、論評も色合いがはっきりしている。こんな感じである。

 「西側の世界がその価値観を本当に大切にするのであれば、今こそオリンピックのボイコットを検討すべきである。今こそチベットという国に、すなわち、何十年にもわたって中国人に好き勝手されている国に、5,000人以上の僧侶が投獄され、拷問にかけられ、殺害された国に、その平和的な宗教指導者がインドへ亡命している国に、安全を保証するよう求めるべきなのだ」

 「オリンピックイヤーである今年こそ、文明化された世界は自分たちの価値に責任を持ち、そのために戦うことができるときである。選手にとってはつらいことになるだろう。しかし、国際的名声を求める冷酷な指導者たちによって、スポーツが濫用されるのだとしたら、もっとつらいことではないのか」

 「モスクワオリンピックはボイコットに効果があることを証明した。1936年のベルリンオリンピックは逆に、オリンピックがその政権に名声を与えることを示しているのだ」

 1936年のベルリンオリンピックはヒトラー政権下で開催された。その後、この独裁国家が何をやらかしたかは歴史の示すとおりである。

 とまあ、各紙の論調は以上のような感じだ。あれこれ読んでみて、私が受けた全体的な印象をまとめると、保守系のメディアは中国の態度を直接非難するものが多く、左派系はどちらかといえばIOCや大企業の責任を問うものが目立ったというふうになろうかと思う。

 もちろん、メディア全体のスタンスとしては、非は中国にあるという点では一致している。そのうえで問題を論じるという姿勢は、保守でも左派でも同じである。

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【補足】

 もう1つのアンケート調査はこういうものである:

 「政府はチベット問題を受けて、中国との(環境問題に関する)政府間協議を停止したいとしています。これを適切だと思いますか」

 答えは:

・中国への圧力をこのように高めるのは適切である…………………………35.3%
・これ以外にも圧力をかけるべきである(たとえば開発援助の停止)……49.0%
・政府間協議は続けて、影響力を保つべきだ…………………………………14.6%
・わからない……………………………………………………………………… 1.1%

 投票総数は4920。8割以上の人が何らかのアクションが必要だと考えていることがわかる。

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・Olympia-Boykott als letztes Mittel (最後の手段としてのボイコット)
・Olympia-Boykott (オリンピックのボイコット)
・China foerdert den Terrorismus (中国をテロを促進している)
・Unruhiges Jahr fuer Peking (中国のさわがしい年)
・Lasst den Boykott! (ボイコットはやめよ)
・Kommentar: Pekings Alptraum (北京の悪夢)
・Haessliche Spiele (醜いオリンピック)
・Da darf man nicht nur spielen (ただ競技をするだけではいけない)
・Tibet und Olympia - Spiele in Geiselhaft (人質となったオリンピック)
・Chinas Schwaeche, Chinas Angst (中国の弱点、中国の不安)
・Die Politik der Ringe (五輪の政治)
・Fuer Olympia-Boykott (ボイコットに賛成)
・Gegen Olympia-Boykott (ボイコットに反対)
・Olympische Spiele boykottieren? (オリンピックをボイコットすべきか)
・Neue Eiszeit zwischen Berlin und Peking? (ドイツと中国の新たな氷河期か)
・Umfrage-Resultate(アンケート結果 ※【補足】を参照)
・Bundeskanzlerin Merkel besorgt ueber die Lage in Tibet (メルケル首相、チベットの状況を憂慮)
・Wir wollen wissen, was in Tibet geschieht (私たちはチベットで何が起きているのか知りたい)
・Droht China mit einem Olympia-Boykott! (中国にボイコットを)
・Warum hoert man nichts von adidas? (どうしてアディダスはだまっているのか)
・Keine Teilnahme, keine Absage, kein Boykott (参加せず、拒否せず、ボイコットもせず)


http://www.news.janjan.jp/media/0803/0803303847/2.php